免許返納~その1~認知症と運転免許返納

高齢者の交通事故が後をたちません。
ニュースを見るたび私たちは、いつか義父が事故を起こすのではないかと思っていました。
全く人ごとではなかったのです。

ところが、運転をやめさせるのは、とてもたいへん。
自分で危ないな、やめようかな、と思ってくれない限りは周りの人が説得することになります。

 

我が家の場合

我が家はまあまあ都会に近くて、バスや電車も頻繁に通っています。
私も夫も車の運転はできますし、それぞれに車も持っていました。
ゆくゆくは軽自動車を買って、義父母の病院や買い物の送り迎えをしてもいいねと話し合っていました。

本音を言えば、(ちょっとの用事で送り迎えをするのは面倒くさいなー)とか(私たちの仕事や用事にはお構いなしに呼ばれるのは嫌だな)とも思いました。これまでも田舎に行くから朝5時にちょっと離れた駅まで送って行けだの、親戚が遊びに来るからちょっと迎えに行ってと仕事中に呼びつけられたりしていました。

それでも、他人を巻き込んでの事故を起こすのではないかという不安のほうが大きくなってきたので、夫と話し合って『義父の運転免許自主返納』を目指すことにしました。

とはいえ、目指すのは私たち。
義父母はまったくの無関心だし、それこそ余計なお世話。
一筋縄ではいかないことは覚悟していましたが、これほどとは…

我が家の高齢者が免許証を返納するまでの、長い長いお話です。

 

義父の運転

私たちが、義父の運転に不安を感じはじめた頃のことからお話ししましょう。
それは認知症外来に通院し始めるよりずっと前のことでした。

 

体は健康

その頃の義父は、身体的にはすこぶる元気でした。
手足の動きもバッチリだし、歩く速さときたら私が小走りしても引き離されるほどです。
だから、車の運転操作自体には何の支障もなく、本人も周りの人も何の疑問もなく運転を続けています。

 

自覚のない危険運転

義父は大型二種免許を持ち、バスの運転手をしていました。

退職後も、日常的にどこに行くにも運転していましたから、運転には絶対的な自信を持っていました。(本人は、です。)


ところが、初めて義父の運転する車に乗せてもらった時、私は『怖い』と思ったのです。

左車線ではガードレールギリギリに左に寄って走ります。左折すれば縁石に乗り上げます。

他にも、ずっと車線をまたいで走ったり、右折したい時は数十メートル手前から反対車線を走ったりしていました。
もちろん注意をしたところで聞く耳を持ちませんし、反対車線を走行中に向こうからバイクが来れば「なんだ!あいつは!」と逆に怒る始末。

それになぜか、広い幹線道路は走らず、狭くてくねくねした裏道をわざわざ選択します。
これでは自分から事故を呼び込んでいるようなものです。


夫とふたり、もう運転は危ないんじゃないかと話していたのですが、今思えばこの頃から私たちの『免許返納への長い闘い』が始まっていたのです。

 

返納への第一歩

免許返納は本人が納得しなければできません。

申請手続きを家族などの代理人でもできる地域が増えてきたみたいですが、それでも本人の委任状が必要ですから、たとえ家族でも勝手に返納するわけにはいかないのです。

 

言葉かけ

だから、

「あぶないから運転はやめて」

「事故を起こしてからでは遅いから」

まずはそんなありきたりの言葉かけから始めました。


でも、「なーにをバカなこと言ってるんだ!」「オレは事故なんて起こしたことないよっ!」と言い返される始末。

そりゃそうだ。
本人に運転をやめようという考えはないのですから。

 

自主返納した人が来た

次の機会は、義父の知人が息子さんの運転する車で訪ねてきた時でした。
この方は、会社を経営していて義父が羨望していた人です。
高齢になったからと会社を息子さんに譲ったそうです。


後部座席に座り悠々と隠居生活を語る様子を見て、これは義父がうらやましがるだろうと思い、「お義父さんもああいうふうにするといいんじゃない?うちは運転手がふたりいますよ」と勧めてみました。

すると、

「ありゃーダメだ。息子に会社盗られて!」

そうでした。義父は猜疑心が強く、死ぬまで自分が財産を握っていないとダメなタイプ。

引退なんて論外だったのです。


言葉による免許返納への道は、行き詰まってしまいました。